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仙台高等裁判所 昭和28年(う)353号 判決 1953年11月25日

控訴人 被告人 千葉忠三郎

弁護人 南出一雄 外一名

検察官 樋口直吉

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

主任弁護人南出一雄の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人名義及び弁護人小林宏也名義の各控訴趣意書の記載と同じであるから、これを引用する。

南出弁護人の控訴趣意及び小林弁護人の控訴趣意第一点乃至第三点について。

しかし、原判示事実特に所論昭和二十五年四月十一日気仙沼町事務当局者、同町議会総務常任委員及び被告人の三者の間で現地において話合の上本件境界が設定せられたこと及び被告人において本件六本の松立木が右境界を越えて町側の山林内にあることを知りながらこれを伐採したことは、原判決挙示の証拠によりこれを肯認するに足り、所論原判決援用の証人菊田盛治同千田丈吉同高橋重兵衛同吉野幸治の各証言が所論のように全面的に信憑性がないものとは認められず、所論被告人において町が小野寺文三郎に譲渡した地域内からも松立木を伐採したことは原判決援用の所論民事事件の証拠調調書特にその見取図によりこれを窺い得るのであつて、ただ原判決が弁護人の主張に対する判断において地方自治法第九十六条第一項第六号の解釈適用を誤り、境界の設定は町議会の議決を経ることを要しないものとした点は失当であり、従つて原判決が同町所有の松立木六本と判示しているのは右町議会の議決を経るまでもなく同町所有の松立木と確定した趣旨であるから、この点において原判決の右認定は誤りであるけれども、後記説明のとおり右の誤りはいずれも被告人に所論犯意のあつた事実を認定する妨げとならないから、結局原判決には未だ以て所論理由不備の違法あるものとはなし難く、更に記録を精査し当裁判所のなした事実調の結果に徴しても右の点をのぞく原判決の事実認定に過誤あることを疑うべき事由は存しない。

即ち、前記昭和二十五年四月十一日の現地における境界設定は直接には気仙沼町が水道瀘過池拡張のため小野寺文三郎所有畑と交換することとなつた町所有山林原判示十番の七の一部(後に分筆した十番の十九)とこれと接続する被告人所有山林原判示三十七番の一との境界を設定するにあるが、そのためには右十番の七と三十七番の一とが相接続している関係上、右一部の境界のみならずその接続する全線につき境界を設定することの必要であつたことが記録及び当裁判所のなした事実調の結果に徴し窺えるのであつて、右現地立会につき気仙沼町から同町議会議長宛に出した所論昭和二十五年四月八日附同町長発同町議会議長宛協議事項送付についてと題する書面に町有林境界確定の件(現地)とあるのは、実質上右の趣旨をも含むものと必ずしもいえないこともなく仮令所論のように本件境界の設定が右の案件外であるとしても、右は前記の必要からその際現地において本件境界が後記の如く設定せられた事実自体を左右するものではない。又右現地立会についての被告人に対する通知が、当時被告人が同町議会副議長であつた関係上、所論のように同町議会議長から副議長宛としてなされたとしても、それは右本件境界設定の事実自体には影響ないのみでなく、被告人は隣接地所有者として個人の資格で立会つたものとみるのが、地方自治法第百十七条の趣旨に鑑み、相当であり個人の資格で立会つたことは被告人の検察官に対する供述調書において被告人自身自認し強調するところである。そして、右現地において被告人は最初本件境界線につき多少の異議を述べたが、結局話合の結果これに同意して木杭が打たれ本件境界が設定せられたことは原判決挙示の証拠により認められ、昭和二十五年四月十一日附町有林(水道用地交換地)境界設定と題する書面に町有林と千葉(忠)氏所有地との境界を別紙図面のとおり設定するとしてその添付図面表示の本件境界線に当る部分に「境界線」と明示してあること、その後八個月余を経て本件伐採をするまで被告人において右境界線は一応の打合せ線で自分には異議がある旨申出でたこともないこと等からみても、被告人の同意の下に本件境界が設定せられたものであることが首肯される。これを以て所論のように単なる一応の境界協定予定線に過ぎないものとは認め難い。

尤も、本件境界の設定は所有権の移転を伴わない。従つてその登記手続を要しない単なる管理行為ではあるが、地方自治法第九十六条第一項第六号により町議会の議決を経ることを要するものというべきところ、記録に徴すれば、昭和二十五年四月二十六日開催の気仙沼町第二回町議会において第九号議案として町有土地交換の件(前記町有山林と小野寺文三郎所有畑との交換)が上程されて総務常任委員会附託となり、翌二十七日の本会議において議決されるに当り、当時の総務常任委員会委員長菊田盛治から本件境界についても報告のあつたことが推認されるのみであるから、これを以て直ちに本件境界の設定までが町議会の議決を経たものとは到底認められない。されば、この意味において、本件境界の設定は未だ確定していなかつたものというべく、従つて右境界の設定により町側の物とされた山林及び立木は未だ町所有の物と確定していなかつたものといわなければならない。しかし、本件境界の設定は被告人自身が立会つて木杭まで打込んで定めたものであるから、かかる措置により町側のものとされた山林及び立木については、その所有権は前記の意味において未だ町所有のものと確定したものではないとしても、刑事法上の意味におけるその占有は既に町のものと確定したものといわなければならない。

そして、被告人において本件松立木六本が右境界を越えて町側の山林内にあることを知りながら原判示の如く次男忠をして伐採せしめたことは、被告人の検察官に対する供述調書及び千葉忠の検察官に対する第一回供述調書により明白であり、その後昭和二十七年七月二十三日右境界線どおり裁判上の和解が成立して町議会の議決を経たことは記録に徴し明かである。既に然る以上、仮令、前記のように本件境界の設定につき町議会の議決を経ていなかつたとしても、又所論のように被告人が仙台法務局気仙沼支局保管図押図面等により右の境界線は正しくないと思つたとしても右境界設定の手続につき町側に不備な点があると思つたとしても将又本件伐採が自己所有林撫育の妨げとなる立木を間伐したもので、しかも本件六本のみでなく全部で約二百本を間伐したものである等所論の事情があるとしても、本件松立木六本の伐採につき前記説明の占有関係において町のものであることを知りながらこれを伐つた故意が被告人にあつたことの認められるのは固より、その所有関係においても被告人に未必の故意があつたものと認めざるを得ないのである。これを以て、所論のように、単に過失のとがむべきものがあつたに過ぎないものとなすを得ない。所論起訴の当否は固より犯罪の成否に関係はない。

要するに、原判決にはその弁護人の主張に対する判断において地方自治法第九十六条第一項第六号の解釈適用を誤り、延て本件六本の松立木が伐採当時前記の意味において確定的に町所有であつたとした事実の誤認があるけれども、右の誤りはいずれも判決に影響を及ぼすことが明かなものとはいえないから、原判決破棄の理由となすに足りない。論旨は結局いずれも理由がない。

以上の次第であるから、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、当審における訴訟費用の負担につき同法第百八十一条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 板垣市太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 細野幸雄)

弁護人小林宏也の控訴趣旨

第一点原判決には事実誤認の違法がありその違法が判決に影響を及ぼす事が明かであるから原判決は破棄を免れないものと信ずる。即ち原判決はその理由中に於て本件松立木生立地が気仙沼町の町有地であることを認定した上で被告が故意に右松立木を伐採して製板せしめたものであると認定しているのである。

一、しかし乍ら本件土地は境界設定の目的前後の事情経過等全趣旨から綜合するときは確定的に町有地なりと断定できないものであるのみならず寧ろ未だ被告人の所有地なるものと信ぜしむるに足るものがあつて余りあるものである。即ちその理由としては、(一)第一に仙台法務局気仙沼支局保管図押図面によるときは町と被告人との境界は(イ)(ロ)(a)(チ)(リ)(ヌ)(ル)である之は記録添付の図面(記録第二九、三〇丁)によるときは明かに認められるのである。(二)第二に気仙沼町森林組合基本図によるときは被告人所有地と町有地との境界は(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)である。従つて法務局気仙沼支局保管図面が同町森林組合図面より有利に作製せられてあるがいづれにせよ本件松立木伐採地ABCDEの地点が被告人の所有地であることは明に認められるのである。しかも原判決が境界設定があつたと認定する昭和二十五年四月十一日以後もこの登記簿上の図面、森林組合基本図も何等変更がなされていないのである。而してこの事は昭和二十七年十二月二十二日仙台法務局気仙沼支局長遠藤伝七の作成せる図面(記録二九三丁仙台法務局気仙沼支局長よりの報告添付図面)によるも明かである。この図面は昭和二十五年五月町当局が自己所有地気仙沼町町裏十の七を分筆して十の十九として小野寺文三郎に交付した際同支局へ登記申請した時の登記添付図面である。この時以後も被告人は本件土地の自己所有者として国家に対して公租公課上の義務を履行して来ているのであつて之は原審証人千葉忠の証人尋問調書により明なところである。(記録第三四三丁鈴木弁護人が証人の家では本町町裏三十七番の一の税金を納めているかの問に対する証人千葉忠の証言)。

二、原判決は「町と被告人との間に昭和二十五年四月十一日境界を確定した」と認定するのであるが気水第九十五号昭和二十五年四月八日気仙沼町長宮井誠三郎の気仙沼町議会議長に宛てた協議事項送附について町有林境界確定の件としてある書面(記録第二二二丁以下二二六丁に至る書面竝図面)によれば当日行われた境界設定は原判決認定の如く町有地の一部を小野寺文三郎へ分筆交付する必要上行われたものであることが明である。従つて上記書面の添付図面(記録第二二五丁)によるときは境界設定の目的趣旨が至極明瞭なので町側で当時設定を必要とし予定をしていた境界線は正しく添付図面に於て指示された範囲に限られるのである。本件土地は正しくこの境界線の指定している所とは無関係であるが当日町当局はこの境界(予定)線を超えて境界を設定したのであるからこの超過部分は当日町当局総務委員会副議長三者立会の上きめるといつてもその行為は違法なものといわなくてはならない。蓋し之は案件外の土地であるからで被告人側で全部之を認めたとしても一応の境界協定予想線ともいうべきもので直に確定してしまうべき性質のものでなく後日町当局の然るべき手続(議会に議決をはかるか、町と被告人との直接の契約等)を俟つて始めて確定すべきものである。現に当日現場立会の模様についての原審被告人尋問調書(記録第三五九丁)によれば後で話があるのであるからとかまあまあといつた一応の境界打合せの線であつたことが認められるのである。虚心坦懐に考えて町当局でも之議決処分に附さんとの考えでいたものではないかと推窺できるのである。町当局では確定的に町は後日有地たらしむるべきあらゆる手続をとるべきであつたのである。蓋し地方自治法第九十六条によれば本件は一般の境界設定と異り議会議決の処置を必要とするものであるからである。町でこの種手続をしなかつたことは弁護人提出の証拠によつて充分認められる。(記録二二三丁昭和二十五年第二回気仙沼町議会会議録抄本による)証人菊田盛治は議会に報告したというけれどもその事は認められないのである。恐らく同証人は第九号議案(記録第二二三丁)に包含されていると考えているのであろうがその事も認められないのである。

三、原判決は「気仙沼町が小野寺文三郎と土地交換のため直接確定を必要とした山林間の境界は小野寺文三郎に譲渡する部分であつたことは(中略-証拠)明らかであるが、同年四月十一日本件伐木個所を含み一〇番の七と三十七番の一の境界全線についての話合があり被告人が全線につき同意をあたえたものであることは当時前掲菊田、千田、高橋及吉野の各証人の証言により極めて明らかであり、またこのことは気水第九五号昭和二十五年四月八日町長より議会議長宛の「協議事項送附について」と題する書面就中同月十一日附の書面その添付図面同月十日気仙沼町議会議長より副議長総務委員宛の「町有林境界設定につき立会の件」と題する書面等によつて十分推察しうる処でありしかも被告人が境界全般にわたりさしたる異議なくして同意しその間何等の強制もなく話合が纒り直に木杭が打たれ両山林間のこの境界線が確定的のものであつたことはこれまた前記証言により明かなところである」と判示しているが(一)I、そこで第一に菊田、千田、吉野、高橋の証言の信憑性について考えて見るとこの四人の証言なるものは結論的には全く符節を合するごとく「境界は全線についての話合であり被告人が文句なしに同意したのだ」と原審の認定を裏書しているのであるが之を突込んで果して細部的に具体的にどのようにして定められたものかとたづねてみると四者の証言も首肯するに足るものがないとみとめられるのであるがこの四者の証言の抽象的にのみ一致するものは昭和二十六年四月事件発生以来町当局との打合せが屡々続けられて来たことによるものである。そもそも一年半も前の事が自己の経験でそれ程明瞭には記憶できないものであることは吾人の智職経験上顕著な処であるのみならず広い山林内の現地立会の模様を想起してもそれ程明確に覚えていられるものでないことも推窺できると思う。この四者の証言内容も細部となると相当くいちがつていることが分るのである。それは第二点の証人の証言部分を援用する。II、この四者の証言は皆境界が文句なくきまつたという点では包括的に一致しているが菊田証人の証言内容を除き他の三者は全部包括的抽象的な証言であつて信憑性がないが菊田証人の証言内容によると当日は地理が詳しいということで菊田証人の一人芝居であつたように思われるのである。之は民事事件の際の証拠調の証人尋問調書によるとその感は一段と明となるのである。原審公廷の菊田の証人尋問調書の内容を略記すると次の通りである。菊田盛治の証言内容(記録第二〇一丁以下)梗概1、当日は町議会総務常任委員会の委員長という資格で列席したがその辺の山の事もくわしいので、ホールを建ててこの辺ではどうだろうその辺が適当ではなかろうかというように千葉さんや他の委員の要するに両者の言い分を述べてボールを移動したりして話を進めて行つたわけであるが両者がこれでよしと諒解した現在木の杭の打つてある線を町と千葉さんの境界線とした。2、その協定した境界線の西側の町有地の方までが以前は被告人と町との境界線であつたということはなかつたと確信している。3、千葉氏から本当はここが境界だというようなことを主張した事はなかつた。4、被告の資格は地主としての資格もあると思う。5、町から通知が行つたのであるがそれは結局は被告人と町との境界を定めるためのものであつた。6、議会の方から被告人に境界線を強制して承諾させたというようなことはなかつた。7、町有林と被告人所有林との間に境界について争がなかつたのである。8、町有地と被告人所有地間に境界をきめる前に被告人と何等協議したことはなかつたのである。9、当時現場に図面は町で持つていつたが私は地理に詳しいので持つてゆかなかつたが私案を示して千葉さんの諒解を得た。10、被告人は副議長としての資格で立会つているので隣接地主としての言分があつても言い得なかつたというようなことはないと考える。

11、議会議事録にのつていると思う。12、私がたんに一応の線を示して原告と町との接衝にまかしたものだと述べていることに間違いはない接衝にまかしたというのは現地で納得させるということを意味するものである。(1) 菊田証人はポールを建て乍らこの辺を境にしてはどうであろうということでどんどん話を進めて行つたものであることが同人の供述内容からみとめられる。同人の供述では被告人から道路が本来の境界線だと述べたことを聞かなかつたと述べている様であるが当日集つた人達は現地に分散しており被告人尋問調書によると被告人は異議はのべたが後でいずれきめられるといわれ黙過したことが認められるのである。(2) 次に同証人は協定した境界線の西側の町有地の方までが以前は被告人と町との境界線であつたことはなかつたと確信しているというが同人の証言は地理にくわしいと自負しているに拘らず法務局保管図面や町森林組合基本図も知らないことを裏書することになるので同人の確信と否とに拘らずこの協定線では被告人所有林を犯すことが明でその言たるや信憑性極めて乏しいことが明である。(3) 同証人は「地理に詳しいので図面は持つてゆかず私案を示して千葉さんの諒解を得た」といつているが図面と対照せず境界をとりきめることがあり得ようかそして又それで隣接地主たる被告人を心より納得させることが出来るであろうか信用できないことである。(4) 又副議長の資格で立会つた被告人は公人としての感覚で立会つているから隣接地主としての言分を言いたくとも充分に言えなかつたのではないかとの問に対して決してその様なことはないと答えているが被告人の心の裡たるや同証人に簡単に分るわけがない。むしろ自己は副議長として立会つて居り公職にある手前私事に関することは強く言い得なかつた、言うにしのびなかつた。是が偽りない被告人の心境だつたと想うのである。かように考えるのが虚心の考方であると思うのである。(5) 次に同証人は民事事件の証人尋問調書(記録第一四一丁原告代理人の問に対して)によると私がたんに一応の線を示して原告(本件被告人)と町との折衝にまかせたものだと述べているがこのことは現地でなつとくさせるつもりのことを意味するのだと言つているが之は爾後に於ける町と被告人の折衝にまかせたものと見る方が自然の観方であると信ずるのである。(6) 以上により比較的具体的と思われる菊田証言も境界確定ありとの理由としては極めて不充分のことが分るのである。従つて四者の証言は信憑性なきものであると信ずる。(二)次に原判決認定の根拠とする書面について考えてみる。(1) 気水第九五号昭和二十五年四月八日町長より議会議長宛の書面添付図面、(2) 同月十日気仙沼町議会議長より副議長、総務委員宛の「町有林境界設定につき立会の件」と題する書面、先ず(1) についてみるに、右図面が別紙添付図面の通り境界を設定するためのものであることは明かである。ただこの境界設定の範囲であるが之は図面を虚心坦懐に読むならば小野寺文三郎へ土地二反歩を分筆交付するために必要なものであることが明である。町有林全線について境界設定を欲するならば図面に全境界を明示すべきであると信ずる。しかるに本図面は正しくその一部のみしか示していないことが明かであり之は(2) の書面についても同様である。されば原判決のこの部分の認定も失当である。(三)次に原判決が被告人が境界全線にわたつて異議なく同意し確定したと認定しその根拠としてあげる前記四者の証言は信憑性なきものと信ずること前述の通りである。以上の次第で原判決には事実誤認の違法あるものと信ずる次第である。

四、原判決は気仙沼町有林野条例第二条第四条によれば町有林野営林地区についてはその所在面積同地区の施業方法については町議会の議決を要するも右以外の管理行為については町長の専決に属するものと解すべくしかも本件に於けるが如く単なる境界設定の行為は何等所有権の移転を伴う処分行為を包含するものでなく管理行為に過ぎぬから町議会の議決なくして有効に為し得るものと解すると判断している。しかし本件は単なる境界のみの問題から生じたものではなくその前提には当然相当坪数の土地の所有権の帰趨が問題となること登記の標準たる法務局図面によるも明である(記録第二十九丁)即ち被告人はこの境界を無条件に認めることによつて、本来法務局図面によるならば当然自己所有地たるべき土地、問題の土地を包む三角形状の土地約九十坪強の所有権を町側に移転することとなるのである。従つて単なる境界設定なるが故に議会の議決は不要といつて却けている原判決の認定は不当である。

五、又原判決は所有権の移転を伴わぬ単なる境界設定は移転登記の手続を要しないと判断している。しかし前述の如く所有権の移転を伴うものである況んや前記町長より寄せられた書面によるときは被告人は所有者として立会しているに非ず、町会副議長として議長の代理として現場に臨んでいることが明である。この点から考えても後日町は新に被告人に対し境界設定に関して意思表示すべきものと考えるのである。以上の点より見て町当局は議決の処置を要するものと解すべきであるがその処置の未了である限り町有地とはいえないものと思料するのである。以上の通りであるから原判決には事実誤認の違法ありその違法が判決に影響を及ぼすこと亦明かであるから原判決は到底破棄を免れぬものと信ずる次第である。

第二点仮に本件土地が原判決認定の如く昭和二十五年四月十一日町当局者町議会総務委員副議長たる被告人との間の協定によつて確定的に町有地と化したものであるとしても被告人は未だ自己所有地であると確信して今日に到りたるもので(その論拠は次に略記する)本件松立木も自己所有林と考えて伐採したものであるから盗伐の故意なきものである然るに原判決は既に小野寺文三郎に譲渡した部分にまで立入つて伐採せしめていることを考えれば被告人がその個所が自己所有林であると信じていたとは到底認められないと慢然被告人の主張を却けている。この点に於て原判決には事実誤認の違法があつてその違法が判決に影響を及ぼすことが明かであるか或は又判決に理由を附せざる違法があるから原判決は破棄を免れないものと信ずる。

(一)即ち被告人は本件松立木生立地を自己所有地と考えて来たことは、I、仙台法務局気仙沼支局保管図押図面(記録第二十九丁三十丁)之は登記に際し常に基準となるものであること勿論であつて現に町が小野寺文三郎に昭和二十五年七月気仙沼町字町裏十の七から十の十九を分筆して交付する際登記図面を第二十九丁添付の法務局保管図面(写)に照合してみれば明である。(記録第二九三丁書面添付別紙図面)尚被告人が之を信じて来たことは(記録三五二丁以下三五三丁)明でありそれは被告人が昭和八年畠山竹蔵から買受けてその際境界について詳細に教示されたものである。II、気仙沼森林組合保管図面(別紙図面の通りである。)III 、1、本件松立木生立地に関する境界線と被告人の認める一部境界線とは同日に論ぜられないこと前者は案件(又は議題)とならざるものであり後者は案件として予定せるものであることからも明であるが特に本件松立木生立地に関する境界設定については町側の考方と被告人側の内心的意思とが明にくいちがつていたことが明瞭である。

2、町側では案件ともなつていないものを範囲を越えて境界を取決め之で確定したと考えているように思われるがこの町側の処置にも不充分なものがあることが充分推窺できるのである。3、この境界について事前に何等町と被告人間に打合せのなされていないこと、証人菊田盛治の証人尋問調書(記録第二〇六丁)によるも明である。4、次に被告人の立会資格は菊田、千田、吉野、高橋等の証人尋問調書には隣接地主としての資格があるのだと符節を合した如く述べているが疑問である。しかし「町長より発行した協議事項送附について」と題する書面によれば(記録第二二二丁-二二四丁)被告人は明に議員としての資格で立会を求められていることがわかるのである。苟も議会議員たるものは自己竝にその親族等の一身上に関する事件について議事に参与できない(地方自治法第一一七条)との法律上の立法趣旨から考えても本件は町と被告人個人間の境界設定に関する議題であつたと解せられないのである。5、又右書面によれば総務常任委員にも書面が寄せられていることがわかるのであるが委員会なるものは地方公共団体の議会の条例によつて設けられるもので担当事務に関する部門毎に当該普通地方公共団体の事務に関する調査を行い議案、陳情等の任務に当るのであるがこの総務常任委員のなした手続も当然議会の付議を要するのであるがその手続もなされていない。このように考えると昭和二十五年四月十一日の境界の協定手続なるものも多分に曖昧なもので後日の確定的手続を留保した一応の境界協定線であると考えられるものが多いのである。従つて被告人は之を一応の境界をきめるための協定線と信じたことも無理ではないと思うのである。現に本件土地に関する境界は結局境界確認事件の裁判上の和解によつて境界が確定したのである(記録第二四七丁以下)。6、原判決が境界確定ありと認定せる根拠とした千田、高橋、吉野、菊田の証言も「異議なく被告が同意し境界が文句なしに確定したとの点については符節を合した如くであるが具体的にどの程度見て立会つているかという点になると甚だ不明確のもので特に具体的に左記事項についてみると、(1) 事前に争があつたか否かという点、菊田は争なしという。高橋は争があつてらちがあかぬという。(2) 事前審議がなされたか否かという点、千田は話が協議があつたという。(3) 被告人から道路が境であるといつた意見が出たか否かという点、吉野はあつたというがいう処は伝聞である(第一八六丁以下)。菊田はないという。千田はあるという。高橋もあつたというが明でない。(4) 誰がいかにして境界線を定めたのであるという点、菊田を除き全部抽象的包括的証言である。等の点については各人証言内容がくいちがつていることが明かに認められるのである。結果のみ符節に合する様な証言内容は信憑性なきものと信ずる次第である。こうしてみるに、7、被告人は本件境界設定も当然議会で議決すべきものなりと信じていた(記録第三五二丁被告人尋問調書)。8、被告人は当然所有権移転登記手続を要するものと信じていた、従つて法務局の保管図押図面にして従前と何等移動消長なき限り依然自己所有地なりと考えていたのである(記録三五三丁)。蓋し原判決認定の如く本件松立木生立地に関する境界は被告人が約九十坪の面積の土地を倣棄する結果をもたらすものだからである。而してこの登記図面につき昭和二十五年四月十一日以後毫も消長のなかつたことは前述の通りである。9気仙沼町森林組合図面を信頼したこと、之は事件後被告人が町当局に図面の作成を依頼した処土木課で完成した図面によれば本件土地は明かに被告人所有林であつたと述べていること(記録二五七丁昭和二十六年第七回気仙沼町議会会議録)。10、尚町側で手続上に瑕疵のあつたことは(記録二六七丁)吉田議員の発言する通りである。(昭和二十七年第一回議会会議録)。11、町から被告人に対し境界設定に関する話合のなかつたこと(之は記録第三五一丁被告人尋問調書半頃)。以上の点を考慮するときは被告人が自己所有地と信じていたことも首肯できるのである。

(二)次に本件松立木伐採の事情目的等についてI、本件松立木六本のみを伐採したものではなく全部で二〇〇本も伐採しているものであることが分るのである(記録第三四八丁被告人尋問調書の記載)。II、伐採は自己所有林撫育のため妨げとなる立木を伐採したものであつてこの事は証人千葉忠の尋問調書(記録第三四一丁初めより三行以下)によるも明であり千葉忠の検察官に対する供述調書(記録第十七丁初めより五行以下)によるも明かである。

(三)本件被告人の刑事責任の限界如何と過失の有無-被告人には故意なきこと前述の如くであるが被告人の責任たるや如何であるか、之については原審裁判官は(記録第三五一丁初より九行目以下)「それにしても伐採する前に町側に何とか話をするのが隠当ではなかつたか」と尋ねているが之に対し被告人は「私としては軽く見すぎたと考えて居ります」と答えている。最高良識を以てすれば君子危きに近よらず瓜下に冠を正さず木を伐る前に一応ことわつて伐採すればこのような事態には立到らなかつたことは勿論である。この点被告人は過失のとがむべきものがあるであろうと思われる。しかしこれを他人の森林を盗伐する故意まであつたと認めるのは前述の事情被告人の心理を考えあわせるとき苛酷であると思料するのである。

(四)原判決は被告人に森林盗伐の故意がないとの弁護人等の主張に対して小野寺文三郎に対して譲渡した部分にまで立入らせて伐つてある点から考えて被告人が本件松立木生立地を自己所有地と信じて伐採したとは到底考えられないといつてその主張を却けているのである。しかし原判決は気仙沼簡易裁判所昭和二十七年(ハ)第三号事件の証拠調調書を引用しているのであるが右事実は本件とは全く無関係のものであつて右事実は証拠調のなされた民事事件の証拠調調書全部を精査してもみとめられないのである。従つて原判決は被告人の故意について証明が不充分であると信ずる。よつて原判決には事実誤認の違法があつて判決に影響を及ぼすことが明かであるか或は又判決に理由を附せざる違法があるものと信ずる。よつて原判決は到底破棄を免れないものと思料する次第である。

第三点被告人の性格、本件事情について 一、被告人は明治十七年生れ本年七十才であります。気仙沼町町議会議員として同町政に貢献すること六期昭和六年以降二十余年の長期に亘り所謂町議会の元老として実績を残して来たのであります。被告人は勤勉刻苦今日を築いたのであるが議政に与るや毫毅、恬淡で一度町民の為正義の為志を決するや眼中町長町当局者の思惑なくひたすら所信に邁進して来たのであります。かような人柄であつた為一方議会の元老として議員及び町民に敬愛をうけつつも町当局とは感情的に疎隔するような気運の醸成されて行つた事は町当局にも被告人にとつても誠に悲しい事実であつたのであります。二、かような気運の積まれて或る一部に被告人の政治的生命を抹殺せんとはかる者がある云々と言われていた処昭和二十六年四月の選挙前本件松立木伐採事件が反対派の町議候補者某より町議の町有林盗伐なる投書寄せられこれを奇過として本件公訴前の町当局と被告人間の紛争が開始されたのであります。原審は被告人が性強情のため自ら好んで紛争を拡大したといつているけれども被告人はそのような底の人物ではない。寧ろ淡々たる人柄で腹を割つて話せば本件は数時にして解決を見得たものであります。当時被告人は町当局より誤伐届に印を捺して出せとか木挽が勝手に伐つたものとしてしまいと云う町議員の勧告もあつたが筋の通らぬことは寸毫もできない被告人の性質人柄から姑息な解決策に応じ得なかつたまでである。この間町当局は毫も解決の誠意を示さずして徒に荏苒歳月を過し遂に本事件を公訴権の行使によつて解決せんと図つたのであつて誠に遺憾極りない次第であります。

三、長年月私情を離れて町政に貢献し来れる七十才の被告人に森林盗伐の汚名を着せることは前記事情竝に被告人の心境からみて如何に考えても忍び得ない処であります。被告人の性格たるや人の物を盗む如き底の人物ではない、之は長年被告人と交つて来た原審情状証人菊地竜[王祭]の証言によるもその一端を知り得る処であります。(記録第三四六丁以下)。本件は被告人に全く故意なきものであります。原審に於ては無罪の判決を賜れなかつたのでありますが裁判所に於かれましては大乗的見地に立たれ被告人に対し無罪の御判決を賜らんことを上申する次第であります。

弁護人南出一雄の控訴趣意

原判決は事実の認定を誤り無罪たるべき事案を有罪と認定したものであるから破棄されるべきものであると思料する。本件松立木六本は被告人の所有地内に存在したものであり従てこれを被告人が伐採しても森林窃盗罪を構成しないものと解する。

原判決によると気仙沼町字町裏所在の町所有山林とこれに隣接する被告人所有山林との境界は従来明確でなかつたが昭和二十五年四月十一日町事務当局者、町議会総務常任委員および被告人の三者が現場で話合いの上右境界を確定したと認定している然しながらこれは明白な誤りであつて被告人の山林と町所有山林との境界は従来明確であり本件松立木所在の山林は被告人の所有山林であつたのである。このことは記録添付の仙台法務局気仙沼支局保管図押図面(記録第二十九、三〇丁)および気仙沼町森林組合基本図によつても明白なところである。法務局保管図面は謂ば人の戸籍簿に等しく被告人がこれによつて本件問題の山林は自己所有山林なりと確信していたことは至極当然なところでありまた町自体もこれに従つて従来この山林に関する諸税を被告人から徴収して来たのである。原判決は既にこの点において認定を誤つている。

次に原判決は昭和二十五年四月十一日現場における前記三者の話合いの結果境界を確定したときより本件松立木の存在する部分は町所有地に確定したと認定したのであるがこれは誤りである。右の日現地において行われた境界確定は町有地の一部を小野寺文三郎に交付する必要から行われたものである。即ち町有地と小野寺文三郎との境界の新設およびその限度においての被告人所有山林と町有山林との境界の検分を目的としたものである。このことは記録添付(第二二二丁乃至第二二六丁)の町長宮井誠三郎から町議会議長に宛てた昭和二十五年四月八日附書面等の記載によつて明白である。本件立木所在の山林はこの目的外の地点に在り従つて右話合によつて確定せらるべき性質のものではなかつたのである。成程右当日目的外の右山林の地点まで木杭が打たれたのであるがこれは一応のものに過ぎないと見るべきものである。被告人は当日町会副議長として立会つたものであり隣地の所有者として立会つたものではなかつたのであくまで公人として当日の目的の範囲内の件のみを重視し目的外の件については深き考慮を払うことなく地勢の関係上仮りに木杭は打つたがいずれこの件については正式の話あることと解したのは無理からぬところである。斯く当時の被告人の心境を理解するについては被告人の性格について考慮する必要がある。蓋し被告人はその性格上従来公私の別を区別し当該協議目的が如何なるものなりや等につき極端に考慮を払つて行動し来たりたることは衆目の認めるところである。されば副議長として目的の範囲内にて当日も行動し意見を述べたのであつてその際所謂融通を利かせて目的外の境界に迄土地所有者として確定的意見を述べる等ということは到底性格上為し得ないところなのである。斯様に被告人が右当日の話合いによつて本件松立木所在の地点を町所有に帰属せしめる確定意思はもつていなかつたと認めるのが妥当である。(勿論僅少の部分故後日正式の話しありたる際は町に対し贈与または売却する心算ではあつたが)以上により被告人は無罪であると確信する。

本件果して起訴の価値ありや否やについて疑いなきを得ない。本件は告訴または告発に基くものではない。本件の如き僅少なる事件を何故に不起訴処分に付し得ざりしか齢七十、永年町政に貢献し相当の資産をもち町において所謂名士として待遇せられ来たつた者に対して、その人生の最後において窃盗犯人の汚名を着せて葬るの必要何れにありやを疑わざるを得ない。自己を信ずること厚きに過ぎ是なりと信ぜば何人の意見も排して断乎として所信を貫徹するその性格から往々敵を作りこれに中傷を加へるものなしとせざるも断じて町有と知りてこれを窃取する如き人物にあらず検察官も原裁判所もこれを認めるが故に本件窃盗についてその動機奈辺に在りやを知り得ざりしものと考う。動機なき犯罪は想像し難し本件に動機の発見し得ざりしことは詰りは被告人に刑責なきことの証左かと思わる。原審証人菊田某等は被告人に不利なる証言を為して居れどその証言は措置し得ざるものなり。彼等は何れも町当局者と心を一にするものであり被告人が町議会に出席することは彼等の行動、意見を制せられる結果これを刑事事件に藉口して葬り去らん魂胆ありと推察せらる。本件捜査官は彼等の策に弄せられ起訴すべからざる事案を起訴したるものと認めざるを得ない。

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